舞台は列車。主人公・炭治郎たちが飛び込んでいく空間は、音楽でも表現されている。
劇場版の音楽を担当するのはTVアニメに引き続き、梶浦由記と椎名豪のタッグ。楽曲制作において椎名豪(以下「椎名」)がメインで本編の音楽作りを、そして梶浦由記(以下「梶浦」)はLiSAと主題歌の歌詞を共作するなどの新たな試みを見せている。
劇場版を彩る音楽はどのように誕生したのだろうか。制作の裏側を、梶浦と椎名にうかがった。
[取材・文=ハシビロコ]
列車と夢を音楽で表現
「無限列車編」では梶浦が主題歌とそのアレンジ曲を、椎名が劇中のBGMを手がけている。劇伴作りの方向性について椎名は「全編を通しての盛り上がりに気を配った」と明かす。
「映画は尺が約2時間あるので盛り上がりのピークが、約30分のTVアニメとは異なります。どこを盛り上げ、どこを落ち着かせるかなど、映画ならではのテンションの移り変わりを意識して音楽を作りました」
夢や列車の中など空間ごとに異なる音の表現にもこだわっている。
「夢のシーンでは、空気抵抗によって音がぼやけたように聞こえる効果を取り入れています。輪郭を際立たせないことで、夢ならではのふわっとした雰囲気を出したかった。
また、今回は列車が舞台なので、一度乗ったら出られない閉鎖感や、レールの上を走っていく感覚を音でも表現しています。
たとえば列車の滑車音をイメージしたリズム。映画館には5.1サラウンドの音響設備があるので、マーチングバンドのようにドラムの音が劇場内を駆け巡って聞こえます。お客さんも炭治郎たちと一緒に列車に乗っているような感覚を味わってほしいです」
共作だったからこそ、とてもいい歌詞になった
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劇場版の主題歌「炎(ほむら)」を手がけた梶浦。楽曲の方向性は、制作前から明確に決まっていたという。
「脚本を読んだうえで、曲調はミドルバラードしかないと全員一致で決まりました。
出だしは派手な音ではなく、物語に寄り添うように静かに始まる。作品から伝わるカタルシスと前に向かっていく力、どちらも曲の中に込めようとイメージが固まっていきました」
「炎」の歌詞はLiSAとの共作。制作過程は、梶浦が書いた詞にLiSAが言葉を加えていった。「共作だったからこそ、とてもいい歌詞になった」と語る梶浦。最初は痛みを前面に出した歌詞を書いていたという。
「歌詞制作では、私が書いたものをLiSAさんにお渡ししました。LiSAさんに手を加えていただけたおかげで、痛む心だけでなく前に進む心も表現できたと思います。
私が最初に書いた歌詞は、『痛み』が強く出てしまったのですが、それは物語を読んだときに「つらい、苦しい」と思ってしまい、痛みや悲しみがにじみ出てしまったものです。『鬼滅の刃』は主人公・炭治郎の年齢が若めですし、もっと前を向いた歌詞の方がいいと頭ではわかっていたんですが……。
だからこそLiSAさんが前に向くための気持ちやエネルギーを乗せてくださってありがたかったです。『鬼滅の刃』に対するLiSAさんの想い入れの深さや解釈には刺激を受けました」
梶浦がLiSAに一目置いているのは、作詞への姿勢だけではない。「炎」の歌詞を詰めながら仮歌を収録しているときにも、歌い手としての力を感じていたという。
「もともとLiSAさんは力のある歌い手だと思っていましたが、実際にご一緒すると歌うことへの姿勢がすばらしくて。歌詞を2人で詰めながら録った仮歌の段階で、『この言葉はこう歌いたい』という方向性が明確でした。
レコーディングでは言葉を聴かせるための歌い方を私から提案することもあるのですが、LiSAさんにはその必要がなかった。仮歌の段階、そして歌詞ができあがってからも想いの込め方や歌い方をたくさん考えてくださって。だからレコーディング時は、LiSAさんの歌を聞きながら『はぁー、すばらしい』と絶賛していただけです」
梶浦がLiSAに楽曲を提供するのは「炎」が2曲目。初めてタッグを組んだTVアニメのED「from the edge」は梶浦のソロプロジェクトであるFictionJunction feat. LiSA名義だったが、「炎」はLiSAとしての楽曲になっている。
名義の違いが音作りに与える影響を尋ねてみると「実はそれほど意識していません」と、楽曲提供をするときの心境を明かしてくれた。
「もともとTVアニメのEDもLiSAさんに提供するつもりで作っていました。名義はあとから決まったのでそれほど意識していません。
楽曲提供をするときは歌い手さんが気持ちよく歌えるようにいつも心がけていて。歌い手さんの魅力を100%引き出す曲でなければ歌っていただく意味がないと思っています」
お互いの音楽の印象は?
『鬼滅の刃』で初めてタッグを組んだ梶浦と椎名。オンエアで互いの音楽を聞いたときは、お互いに作曲家としても感動するポイントがあったという。
梶浦が絶賛したのは、椎名の音楽と作品の親和性の高さ。「何十時間もの映画を見ているような仕上がりだった」と魅力を語る。
「椎名さんの迫力あるシンフォニックな音楽が、ストーリーに合わせて収束したり広がったりしていてドラマチックでした。そこに映像美と演技が加わりさらに魅力を増していて、多くの人が感動する作品に仕上がったと思います」
一方椎名は、梶浦の音楽を「まるでウィスキーのよう」と表現した。
「梶浦さんの曲はウィスキーのように澄んでいて深みがあります。中にある氷の動きがよく見えるんです。
普通はギターの音が入ると『行くぜ!』と盛り上がる雰囲気になりそうなのに、梶浦さんの場合はいい意味でエロティシズムがある。人には見せたくないような内面の繊細な部分が音から伝わってくるんです。それを弦の音や幾何学的なコーラスが際立たせ、より感情的な楽曲になる。音ひとつで状況をパッと切り替えるような力もあり、その複雑さが梶浦さんの音楽が持つ重みや深みにつながっているのかもしれません。
とくに第1話で梶浦さんが担当したシーンでは、炭治郎本人が周囲の状況を把握できないまま物語が進んでいきます。もし僕が音を付けるとしたらAメロで『明るく!』、Bメロで『暗く!』などコントラストのはっきりした音楽を作っていました。しかし梶浦さんはすべての感情の流れをスムーズにつなげていて、状況が移り変わっていく様子が1曲の中に表れています。
すると梶浦は「フィルムスコアリングだったからこそ尺の長い曲が実現できた」と、通常のTVアニメ制作との違いを語った。
「一般的なTVアニメの劇伴作業とフィルムスコアリングでは、音楽の作り方がまったく違います。たとえばTVアニメの場合はシーンが次々と移り変わるので普通は長尺で音楽を作れません。シーンに合わせて編集しやすいよう、サビで始まりサビで終わるような構成にすることが多いからです。
しかしフィルムスコアリングの場合はあらかじめシーンの長さや切り替わるタイミングがわかっているので、長尺でも音楽を付けることができます。『鬼滅の刃』では全編通して作中のドラマに合わせた音楽制作に取り組めたので、第1話のような長めの曲も実現しました」
◆◆◆
劇場版公開前のタイミングで、ファンへのメッセージを二人に伺うと、梶浦は「私自身も映画館で完成映像を見るのが楽しみです。椎名さんの話をうかがっていると『音楽もすごいことになっている!』とワクワクしてきました」と笑顔で語った。
すると椎名は「アトラクションのような音楽の付け方をしているので、楽しみにしていてください」と一言。劇場で体感する音楽への期待が高まるメッセージを送ってくれた。
映像に寄り添い、世界観を膨らませていく『鬼滅の刃』の劇伴。2人の作曲家が音楽に込めた想いを、ぜひ映画館でも感じ取ってほしい。
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』
公開: 10月16日(金) 全国公開
配給:東宝・アニプレックス
(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
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